SSブログ

マイ仏教 [Books]

年をとったら「こういう人になりたい」と思う人はいませんか?

私は密かに「2大じゅん」と呼んでいる,高田純次とみうらじゅんがいます。

どちらも美術系出身というのもグッとくるものがありますが,一番は,あの煩悩全開のような素のようでいて少し計算もあるような生き方が素敵ではないかと,あこがれています。

ところで,みうらさんの方のじゅんが「マイ仏教」という新書を出しました。
じゅん信者としては当然に購入しましたが,なかなか今回の著作も尊い教えが満載で「ちょっと小ネタに・・」と思わせるものがあります。


マイ仏教 (新潮新書)

マイ仏教 (新潮新書)

  • 作者: みうらじゅん
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/05/14
  • メディア: 新書



今回,一番グッときたのは「ホビー教」の部分です。

マニアックに物を集めるコレクターが「ホビー教信者」と定義されています。
そして「必死になって集めた大事な物が壊れたり,手放さなければいけなくなったりした瞬間,例えようのない空しさに襲われます」「物を集めるというのは,空しさを知る修業なのです」として,諸行無常を説いています。

ギター好きならホビー教信者が多いはずです。
ネットで「マーチン」なんか検索したら信者がワラワラ出てきます。
まわりにも「つい楽器屋に寄ったら買ってしまった」とか「ヤフオクで買い始めたら止まらなくなってしまった」という人はいるはずです。
そして,買って1年以上弾きもしないギターが何本も家にあるのに,他人には1本も譲らない人とかも完全な信者です。
さらに「ギブソンSGが一番欲しいと思っているのに,楽器屋に行くたび,つい違うモデルを買ってしまう」という症状が出たらヤバイです。
いつまでたっても目的のSGに到達できない「ギター無間地獄」にハマりかかっています。

しかし,死んだらギターコレクションは「ただの中古動産」です。

どんなに思い入れがあって「大金積まれても売らない」と思っても,遺族がギターに関心がなかったら,遺族から「あの人,何でこんなもん買い集めたのかね。腕は2本しかないのに。」とか「ホントかさばって部屋狭くて困るわ。」とか言われて,ことごとく1本3千円程度でハードオフか商店街の古道具屋行きです。

こう思うと,何だか「後ろメタファー」を感じながらギターを見つめる自分がいる訳です。
そして,やがて年をとると自然に「欲望の中折れ状態」になって「俺も若い時はかなり集めたよ。」と,大人のふりをするようになってしまうのかも知れません。

しかし,ポジティブに欲望を肯定しつつ,同時に無常感を感じながら生きてゆくことが大事ではないかと思うのです。
欲望がなければ生きる原動力は生まれず,文化も生まれないのですから。
じゅんのように,欲望に直面しつつ楽しみも苦しみも知るという過程の中で,自分だけの「マイ仏教」を探しながら人生おもしろくやっていきたいものです。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

吉井和哉ライヴ!ラーメンバーガー ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。